育児・教育

【モンテッソーリ】パパ、ママ、あのね・・ 原書 Maria Montessori Speaks to Parents

2021年2月2日

モンテッソーリ教育の親向け入門書である本書を購入して読んだ時の記録です。

3年ほど前に図書館で妻が借りていたのをみて、一度パラパラと読んだきりでしたが、改めて読むと、これまで私がしてきた子どもへの関わりで気をつけなければいけなかったこと、やってはいけなかったことがたくさん書いてありました。

過去に戻ってやり直すことは出来ませんが、せめて今からでもできることを自分の中で整理するために、読んだことを書いておこうと思います。

第一章 子どもの環境

子どもの環境は配慮しなければならない、モンテッソーリ教育を学んだ妻のもと、私も色々とフォローをしてきたが、改めて環境の大切さを実感。

大人は環境を自分に合うように変えていく、しかし、子どもは人間になるために仕事をする

(1)大人に比べてか弱い子供高強いエネルギーを持っているしかし子供に合った環境ではないのでこのエネルギーが発揮されない

(2) 子供が熱中しているのに邪魔をする大人

→子供は観察されなければならず判断したり訂正したり教えようと思ってはいけない例えば中断させてしまったり集中させなかったりすることがあると気まぐれがあったり、扱いにくい子供になってしまう。

私たち親が、子供から得られる最高のギフトは私たち自身の抑制力を高められるようになることである

第二章 教育における新しいメソッド

モンテッソーリ教育に触れていない子が「こどものいえ」に来たとしましょう。
その子は、内面的自律が出来ておらず、筋肉調整ができておらず、以下の3点の特徴が認められるそうです。

1.ぎこちなさが目立つ
2.現実的なものに注意が向かない
3.模倣する(自分の意志がないということ)

第三章 愛しすぎる親

子どもを愛しすぎるがあまり親が何でも手を出してはいけない。

親のやさしさは時に子どもの成長を妨げるということ。自己成長する機会を奪っているのではないか?という観点で関わらなければならない。
手出し無用、口出し無用なのだ。

第四章 子どもたちは遊びより仕事を好む

子どもたちは遊びより仕事を好み、忙しい親の子どもこそ何でも自分でする機会がある。そんな子は簡単な材料から玩具を作り、創意工夫する

玩具は与えても飽きてしまう。遊びかたは人が決めたものだから、それ以上新しい遊び肩を自分で作り出そうとはしない。でも、自分で決めた仕事には一生懸命に取り組む。

第五章 子どもの秘密はそのままに

子どもの秘密を知りたがってはいけない、詮索すると答えてくれなくなる。

私たち親は「なんでわかったの?」とか、「どうしてそう思った?」とか、ついつい聞いてしまいがちですね。でも、この質問も子どもの知りたい気持ちを薄めるそうです。
確かに、話過ぎる親はよくない。

第六章 子どもはあなたより知っている

2020年9月現在で最も印象に残っている章が、この第6章である。
親として、子どもに介入しすぎたせいで、以下のようになってないことを願わずにはいられない一節。見守ることが大事。
でも、小学校に上がろうとするときに、人は皆一定のレベルを求められる。一定のレベルに引き上げるために、第三者からの介入が発生する。
子どもの自己的な成長はどこで得られるのか?

親が我慢できずに介入したり何かを吸収している最中に止めると子供の集中力や強さを破壊してしまうことになります(大変価値のある自己学習のレッスンの機会なのです)不満を感じた子供は落胆し、落ち着きがなくなり感情のはけ口として意図的にいたずらをするようになるでしょう。

大人が型にはめようとすると、子どもの自己規律の破壊が起き、更に強制すると、騙すことも覚えていく。

他に、この章には 精神の成長について、書いてあったので、以下のとおり解釈した。

子どもの骨や筋肉の成長のために、タンパク質やカルシウムを与えることはできても、親が強制力を持って骨や筋肉を発達させることはできない。これと同じように精神や人格形成に与える栄養(おそらく、環境になる)は与えられたとしても、そのものを親が変化させたり、訂正することは出来ない。自らの動きを通じて、心身を鍛えていくのが自然な発達である。

第七章 動きを通した新しい教育

授業中子どもたちをじっと座らせる小学校の先生方に読んで欲しい一節。

じっとしてられないのは普通なこと、何もしないでじっとさせるのは難しいが、何か集中出来るものを用意した上であればじっとしていられる。

→電車通学を考えた時の工夫がまさにこれであった、二度とやりたくないが、、シールを貼ったり、何かを塗っているときはじっとしていられる。
もしも、じっとしていられないのであれば、それには興味がない、ただそれだけのこと。

先ほどの6章に通ずるものが以下のとおり記載されている。

自分の行動が妨害された結果として、そわそわする、だから何でもやってあげてはいけない。

子どもは親が動きを与えてから学ぶ、ルールを先に話してあげても、理解は追いつかないのだそうだ。

第八章 発達に援助が必要な子どもたち

これらの考え方は全ての子どもに当てはまる。

第九章 子どもの人格形成

全てものもに置き場所を作る。元々秩序がらあり整理されていることへは感受性がある。

これらの環境で、子どもは訂正や強制なしに整理整頓ができるようになり、自立を獲得する。

親がするべきことは、子どもが正しく出来るようになるまで、粘り強く待つ、

親が子どもに干渉しなければ、その子も他の子を邪魔したりはしない。
親や先生が子どもを優しさで包めば、その子は周りの子どもたちを優しさに包まれるようになる。
まさに因果応報、子どもを叩いて教育すれば、その子は人を叩くことを覚える、小さな声で語りかければ、その子の語りかけ方も小さくなる。
我が家は叩いたりはしないが、子ども同士で叩きあっている子どもを見ると、家でそういうことがあるのかな、と思ってしまう。
そんな我が家も両親が仕事のストレスで怒ったりしていることがあるので、それを子どもが真似て、怒ったりすることがあるように思う。
完璧な家はないにしても、子どもは親の姿を映し出す鏡だと思いながら接してあげなければならない。

第十章 子どもは自分の仕事を持っている

子どもはお仕事を通じて成長する

第十一章 まわりから学ぶ子ども

その子にあった環境を作ってあげたいと思った。

最後に

人の関わりや物質的なものも含めて、なによりも環境を整理することが親の役目である。

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